午前9時15分、ベガルタ仙台のホームであるユアテックスタジアム到着。試合開始まではまだ5時間近くあるが、開場を待ちきれない、黄金色のベガルタのユニフォームを着たサポーターや、関東方面から大挙してきたレッズサポータが集結し、正午の開門を待ち侘びていた。
ベガチアのメンバーは、すでに会場入りし、リハーサルに向けた準備やウォーミングアップ、打ち合わせを始めていた。開幕戦はハーフタイムではなく、試合開始1時間前のショータイムでの出演だった。
「良かったね!」
控え室に入ると、塩崎ディレクターは思わず叫んだ。涙があふれる。メンバーたちと抱き合い、無事を確認出来た嬉しさがこみ上げた。長い時間、抱えてきた不安からようやく解放された瞬間だった。
「『良かったね!』と言った後は、どう声をかけて良いかわからずになかなか言葉が出てきませんでした。もうただ、抱き合って泣くだけで・・・。本当にこの日を迎えられて『良かった』と思いました。震災で友だちや親類をなくしたメンバーもいる。みな程度の差はあっても、心に傷を負いながら、この日を迎えた。でも、それはメンバーだけではなくて、今日これからここに集まるサポーターや関係者もみな同じなんですね。みな『ここに来れば、少しは元気になれるかもしれない』と期待して、あるいは祈りながら集まってくる。今日はそういう中でのパフォーマンスです。
メンバーには、『お客さんを、みんなの力で元気にしよう。それはきっと、みんなにとっても大きな力になるはずだから、今日はいつも以上に気持ちを込めていこう』と伝えました」(塩崎)
メンバー全員が辛い気持ちや大変な事情を抱えている事は重々承知していた。塩崎はしかし、控え室から出てリハーサル場所に向かう途中で「いつものわたし」になろうと自分自身に言い聞かせた。
辛い気持ちや大変な事を抱えているのはお客さんも同じ。だからこそ余計に勇気や笑顔を届けるはずの自分たちが同情されるようなパフォーマンスを見せては駄目なのだ、と。
アウェイスタンド下にある薄暗いウォーミングアップ場――。
「さ、始めましょう」
塩崎は凛とした声で言うと、一列に並んだメンバー全員に、いつもと変わらない厳しい視線を向けた。 |